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東京地方裁判所 平成7年(ワ)23939号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

湯一衛

湯博子

被告

佐藤工業株式会社

右代表者代表取締役

佐藤嘉剛

右訴訟代理人弁護士

高橋勉

鍋倉寛治

右訴訟復代理人弁護士

佐々木広行

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、九〇万円及びこれに対する平成七年八月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告の地位

原告は、被告会社の株式一〇〇〇株を保有する株主であり、平成七年六月二九日、被告が富山市において開催した。第六四期定時株主総会(以下「本件株主総会」という。)に出席した。

原告は本件株主総会において、被告の開発にかかる中央道大月西ゴルフクラブ株式会社(以下「中央道大月西ゴルフクラブ」という。)に関し、同会社の元専務取締役志茂洋平の被害状況について質問すべく、あらかじめ被告に対し、平成七年三月二七日付け書面(以下「本件質問状」という。)で質問事項を通知し、同書面は同月二八日被告に到達した。

被告は、中央道大月西ゴルフクラブの仕事を請け負いながら、施工主である林富士雄、志茂洋平を裏切って、同会社の乗取りを企画していた林茂、その代理人である若新光紀弁護士、金野一秀弁護士、そして彼らと心を合わせた小野欽也、矢原美紀夫らと共謀して林富士雄、志茂洋平に脅迫を加え、同会社を乗っ取ろうとし、被告の本社営業部長の杉本美仁はその企みに深く関与していた。この事件は刑事事件に発展する可能性のある事件で、被告のようなゼネコンが関与すべき業務ではない。原告は被告の株主として右事件の真相を究明するため本件質問状を出したものである。

2  原告は本件総会の席上において、株主総会の議長である被告会社代表者佐藤嘉剛(以下「議長」という。)に対し、既に提出してあるのと同一の質問状を頭上に掲げて質問に答えるよう求めた。議長は、監査報告後原告の質問について説明すると約束したが、その際、会場から怒号が飛び、原告は会場の雰囲気から議長の約束が履行されるかどうかに不安を感じた。そこで、原告は、問題の性質上、監査報告と議案の承認決議が行われる前に質問に対する説明を求めようとした。しかし、議長は、右要求に対し明確な返答をしないで、原告を挑発するように「不規則発言禁止」を連呼し、原告がたまりかねて「いつ質問に答えるのか。」と発言すると、退場させるようなことをほのめかして、さらに挑発し、これに合わせるように総会屋の罵声が起こった。幾度かの原告の要求で、議長は監査報告後の回答を約束し、これに原告が納得すると、議長はそれに追い打ちをするように原告を退場させることを予告した。議長の右発言に原告が反発すると、会場整理の係員が原告に退場を勧告した。

監査報告後に議長は宮嶋副社長に原告の質問について説明するように指示したが、宮嶋副社長は「何ら関係がない。」と説明し、原告が具体的に行った質問に対しては一切回答しないで、「当総会には無関係。」と言うのみであった。しかし、原告が質問しようとした内容は、被告が莫大な不正支出と不正行為を行っているとの噂に関するもので、被告の不正を改める効果のあるものであり、宮嶋副社長には原告の質問についてこれを本件総会の目的事項と無関係として説明を拒否する理由は存在しなかったのである。そこで原告は重ねて質問に答えるように要求していたところ、議長は、原告に対し退場命令(以下「本件退場命令」という。)を発するとともに、原告を本件株主総会の会場から排除した。

3  議長の行為は、商法二三七条ノ四第三項に規定する退場を命ずる権限を濫用したものであり、違法である。

原告は、議長の右違法な行為により株主権の行使を妨げられ、これによって精神的損害を受けた。右精神的損害を慰謝するには少なくとも九〇万円をもってするのが相当である。

4  よって、原告は、被告に対し、不法行為に基く損害賠償として、九〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年八月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、原告が被告会社の株主であること、原告が被告の本件株主総会に出席したこと、原告が被告に対し、平成七年三月二七日付け本件質問状で質問事項を通知したことは認めるが、その余は争う。

2  同2のうち、本件株主総会で議長が原告に対し退場を命じたことは認めるが、その余は争う。

3  同3は争う。

三  被告の主張

1  議長の退場命令権

株主総会の議長は、株主総会の秩序維持及び議事整理のための権限を有し、右目的遂行のため自己の判断において、議事進行を妨害する者を退場させることができるものである。

2  原告の質問に対する説明義務の不存在

(一) 商法二三七条ノ三は、株主総会が本来的機能を効果的に発揮するために取締役に対し、通常提案理由としてなすべき説明義務に加えて、株主からの質問のあるときに限って当該決議事項について議案の賛否を合理的に判断するために必要な具体的情報の提供を義務付けたものであって、株主に対して情報開示の請求権を与えたものではない。したがって右規定に基づく取締役の説明義務の対象は、議題に関連のある事項に限られ、議題と関係のない一般的事項については説明義務がないというべきである。

(二) 被告の本件株主総会の目的事項は左記のとおりである。

(1) 報告事項

第六四期営業報告書、貸借対照表及び損益計算書報告の件

(2) 決議事項

① 第六四期利益処分案承認の件

② 取締役六名選任の件

③ 監査役三名選任の件

④ 退任取締役及び退任監査役に対し退職慰労金(弔慰金)贈呈の件

(三) 原告が提出した本件質問状の記載内容の要旨は、志茂洋平が第三者との間でなした中央道大月西ゴルフクラブの取引契約で損害を受けた件に関するもののようであるが、被告は志茂洋平らと取引契約を締結したことはないし、中央道大月西ゴルフクラブのことは本件株主総会の目的事項とは何らの関連性がないのである。

契約当事者でない被告が右契約内容について知るはずもなく、説明のしようもないことである。右質問状の内容が本件株主総会の目的事項と関係のないことはいうまでもない。

3  本件退場命令の適法妥当性

次の経過からすれば、議長が原告に対して発した本件退場命令は適法妥当なものであったというべきである。

(一) 前記のとおり、原告の質問内容は、被告が当事者となっていない第三者間の取引に関するもので、本件株主総会の目的事項とは全く関連性がないものであった。そこで、原告の右質問に対しては、宮嶋副社長が本件株主総会の目的事項と関係ないので、これについては被告において説明する立場にないし、その必要もない旨説明した。

(二) ところが、原告は、右説明に納得せず、不平不満を述べ、さらに不規則発言を続けたので、議長が原告の右質問は本件株主総会の目的事項と関係がないからと発言を禁止したにもかかわらず、原告はその命令に従わず、不規則発言を続けた。そして、原告は、不規則発言禁止の注意を受けたのに発言を中止しなかった。原告の言動は、多くは議題と関係のない罵声、怒号、誹謗、ヤジ等の繰り返しであり、原告は、議長からの指示、注意、説得、警告に従わないで不規則発言を繰り返したものである。

議長は、原告に対し、不規則発言を中止しないと退場を命ずることがある旨の警告を前後八回にわたってなしたが、原告は依然として議長の指示、命令を無視し、不規則発言を執拗に反復継続した。その結果、本件株主総会は混乱し、約一〇分間にわたって議事の進行が妨害され、中断した。

(三) 右のような状態であったので、議長は、原告に対し、退場命令を発するのもやむを得ないと判断した。なお、退場命令を発するかどうかは議長の専権であったが、株主の権利を不当に害することのないよう本件株主総会出席株主に対し、原告に対し退場命令を発することの可否につき賛否を問うたところ、退場命令を発することについて賛成多数であったので、議長は、原告に対し、本件退場命令を発し、原告を退場させたものである。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  原告は、議長の違法な退場命令権の行使により株主権の行使を妨げられ、これによって精神的損害を受けた旨主張し、被告はこれを争うので、以下この点について判断する。

1  証拠(甲四、二一、三三、三五(一部)、乙一、二、五、証人倉起康行、原告本人(一部))及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。原告本人の供述及び甲三五の陳述記載のうちこれに反する部分は、右各証拠に照らしてたやすく信用することができない。

(一)  被告は、平成七年六月一四日付けで議決権を有する株主に対し「第六四期定時株主総会招集ご通知」と題する本件株主総会の招集通知を発送した。被告は、右通知において、本件株主総会が平成七年六月二九日午前一〇時富山電気ビル五階ホールにおいて開催されることを連絡するとともに、本件株主総会の目的事項として次の事項を提示した。

(1) 報告事項

第六四期の営業報告、貸借対照表及び損益計算書報告の件

(2) 決議事項

① 第六四期利益処分案承認の件

② 取締役六名の選任の件

③ 監査役三名の選任の件

④ 退任取締役・退任監査役に対し退職慰労金(弔慰金)贈呈の件

(二)  一方、原告は、本件株主総会において、被告が開発に関わっている中央道大月西ゴルフクラブに関し、同会社の元専務取締役志茂洋平の被害状況について質問すべく、あらかじめ被告に対し、平成七年三月二七日付け本件質問状で質問事項を通知し、同質問状は同月二八日被告に到達した。

本件質問状には、被告は、中央道大月西ゴルフクラブの仕事を請け負いながら、施工主である同会社の代表者の林富士雄、専務の志茂洋平を裏切って、同会社の乗取りを企画していた金融業者の林茂、林茂らの代理人である若新光紀弁護士、平成興発株式会社(以下「平成興発」という。)らの代理人である金野一秀弁護士、そして被告らと心を合わせた平成興発の代表者小野欽也、矢原美紀夫らと共謀して林富士雄、志茂洋平に脅迫を加え、中央道大月西ゴルフクラブを乗っ取ろうとし、被告の本社営業部長の杉本美仁はその企みに深く関係していたなどという趣旨の記載があり、本件株主総会において、原告が右の件に関し質問を行う旨記載されていた。

原告は、志茂洋平とは不動産関係の仕事で付き合いがあり、金銭を貸し付けているということもあって、志茂洋平のために右質問をしようと考えたものである。

なお、被告は、昭和六二年八月一八日、中央道大月西ゴルフクラブから、ゴルフ場の新規造成・建設に伴う許認可手続、コース設計業務の委託を受けていた。

(三)  日本件株主総会は、平成七年六月二九日、定刻に開催され、議長には被告の代表取締役が就任した。議長は、冒頭、本件株主総会の議事を円滑に進行するため、議事進行については議長の指示に従ってもらうように発言し、また株主からの質問は、目的事項のうち報告事項及び監査役の監査報告が終わった後にしてもらうこと、発言者はすべて議長からの承認を受けた上で出席表の番号と氏名を明らかにして、自分の座席で発言すべきことなど、議事整理の方針と株主の発言方法を明示し、出席株主多数の承認を得て議事に入った。

(四)  議長が目的事項のうち報告事項である営業報告書等を上程したところ、原告は質問を許可することを求め、不規則発言を繰り返した。これに対し、議長は原告の発言に対し静粛にし、議事進行に協力するよう述べたが、原告は不規則発言を行い、罵声、怒号を繰り返して議事進行を妨害した。そこで議長は原告に対し、議長の許可のない不規則発言を中止するよう求め、不規則発言を続けると会場から退場させる旨警告した。

右警告の結果、原告が発言を中止し、議場が平静となったので、議長はあらためて報告事項を上程し、各書類については、取締役会で決議され、監査報告書が提出されている旨説明し、また、営業報告書等の概要を口頭で報告した。その後、監査役が、第六四期の監査結果は監査報告書の謄本記載のとおりであり、本件株主総会に提出された議案の書類については、法令、定款に照らして不当な事項はなく、指摘する事項はない旨報告し、これにより報告事項の報告は終了した。

(五)  報告事項の報告が終了したところで、議長は出席株主のうちから事前に質問状をもらっているので、その点について宮嶋副社長から説明する旨述べた。これを受けて、宮嶋副社長は、本件質問状に記載された原告の質問事項は、中央道大月西ゴルフクラブの前オーナーと現オーナーとの間の問題であり、被告は権利関係の当事者ではなく、右の件に関しては被告において返事をするという性格のものではないと考える旨の発言をし、回答を拒否した。原告はこれに納得せず、不規則発言を繰り返し議長の発言中止命令にも従わず、「きたないですよ。議長」「告訴するよ。」「ちゃんと男らしくやれ。おい」「弁護士立ってみろ。こら」「この野郎。おい」「ちゃんと答えろ。議長」など悪口雑言を繰り返した。そこで議長はなおも不規則発言を繰り返した場合には原告を会場から退場させる旨申し渡した。

(六)  原告は議長の指示に従わず、不規則発言を繰り返し、その口調は激しく、内容も悪口雑言であって、それにより議場が混乱したため、議長は株主総会の適正な議事進行のためにはもはや原告を退場させるほかないと判断した。そして、慎重をきすため出席株主に対し原告を退場させることの可否について賛否を問うたところ、可とする意見が多数であったため、議長は原告に対し本件退場命令を発し、原告を退場させた。

2  右1認定の事実及び甲二一の本件質問状の内容によれば、原告が本件質問状により被告に事前に通知した質問事項の内容は、被告が関与したゴルフ場開発に関連しているものの、実質的には、中央道大月西ゴルフクラブの前オーナーら(林富士雄、志茂洋平)と現オーナー(林茂)の間の問題であると認められる。

原告は、林茂らが同会社を乗っ取るについて被告も共謀していると主張する。しかしながら、被告が昭和六二年八月一八日中央道大月西ゴルフクラブからゴルフ場の新規造成・建設に伴う許認可手続等の委託を受けたことは前記1認定のとおりであり、また、証拠(甲六、一二、二九、証人倉起康行)及び弁論の全趣旨によれば、平成二年三月ころ、中央道大月西ゴルフクラブのオーナーの林茂から被告に対し、右ゴルフ場開発の許認可を得るための各種の手続についてのノウハウを持っている被告の社員を中央道大月西ゴルフクラブの代表取締役、取締役として派遣して欲しい旨依頼され、被告の社員であった杉本美仁がその代表取締役に、同じく丸山昌三が取締役に就任したことが窺われるが、右認定を超え、被告が中央道大月西ゴルフクラブの乗取りに加担したなどの事実を裏付ける客観的な証拠は何ら存在しないのであり、原告の右主張に沿う原告本人の供述及び甲三五号証の陳述記載はたやすく信用することができない。結局、被告の右主張は単なる推測にすぎないものというほかない。

商法二三七条ノ三第一項但し書は、その事項が会議の目的たる事項に関せざるときは、説明をなすことを要しない旨定めているところ、右のとおり、原告の質問事項は本件株主総会の目的事項と関連性を有しないものであり、被告の取締役に右質問事項についての説明義務はないというべきである。

3 右に検討したとおり、被告の取締役には原告の質問事項について説明する義務はないというべきであり、宮嶋副社長が本件株主総会において原告の質問事項は本件株主総会の目的事項とは関係がないから被告において返事をする性格のものではない旨説明したことに何ら不当な点はない。

しかるに、前記1認定のとおり、原告は右説明に納得せず、不平不満を言い、不規則発言を続け、議長の発言中止命令にも従わず、さらに不規則発言を継続したものであり、しかも、原告の言動は罵声、怒号、ヤジや悪口雑言を並べ立てるものであり、議長は、不規則発言を中止しないと退場を命ずる旨再三警告したが、それでも原告は不規則発言を中止せず、その結果、本件株主総会を混乱に陥らせ、議事の進行を妨害したものである。そこで、議長は、原告が命令に従わず、本件株主総会の秩序を乱したものとして、商法二三七条ノ四第三項に基づき、原告に対し退場を命じたものであり、本件退場命令に権限濫用等の違法な点は存在しないというべきである。

したがって、本件退場命令が違法であり、これにより株主権の行使を侵害されたとする原告の主張は理由がない。

二  以上の次第で、原告の本件請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官青栁馨)

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